Home / 恋愛 / ひとすじの想い / 第一章 第七話

Share

第一章 第七話

last update publish date: 2026-05-30 10:41:36

 ある日、流が魚を獲って帰ってくると水緒が家にいなかった。

 水緒が自分の言い付けに背いて家を出るはずがない。

 開いた本が板の間に出しっ放しになっている。

 出掛けるにしても水緒なら片付けてから行くはずだ。

 水緒に何かあった!

 流は急いで家を飛び出した。

 喰われたのではない。

 血の匂いはしない。

「きゃっ!」

 闇雲に走っていると水緒の悲鳴が聞こえた。

「水緒!」

 声のした方に向かうと女の鬼が水緒の腕を掴んでいた。

 水緒は地面に倒れている。

 かすかに血の匂いがした。

「水緒!」

 流の声に水緒が顔を上げた。

 頬が赤く張れ、唇の端が切れている。

 鬼に叩かれたのだ。

「貴様!」

「流ちゃん! 逃げて!」

 水緒が叫んだ。

「お黙り!」

 鬼が水緒の腹を蹴った。

「ぐっ!」

「やめろ! 水緒から離れろ! 目的は俺だろ!」

「そう。そこで大人しく立っていればこの娘は離してやろう」

 流は怪訝に思って眉をひそめた。

 立っていれば?

 仲間がいるのか?

 だが他に鬼の気配はない。

 鬼は水緒を無理矢理立たせると、髪を掴んで顔を上げさせた。

 紙を水緒の目の前に突き付けた。

「これを読みな」

 水緒は目をらそうとしたが鬼は強引に紙を見せた。

「読めって言ってんだよ! 字が読めるのは知ってるんだよ!」

 そう言うことか……。

 何かの呪文を水緒に言わせようとしているのだ。

 何故自分で言わないのかは分からないが。

 人間じゃないと駄目とか、何か理由があるのだろうか。

「さぁ、早くしな!」

 鬼が水音の髪を掴んで左右に振った。

 しかし水緒は頑なに口をつぐんでいる。

「お前、供部だろ。言わなきゃ、指を一本ずつ喰ってくよ」

 水緒がきつく目を閉じる。

「ただの脅しじゃないよ!」

 鬼はそう言うと水緒の右手を掴んで口に近付けた。

「やめろ! 水緒! 言え!」

 流がそう言っても水緒は首を振った。

「水緒! 呪いってのは修行しなきゃ効果が出ないんだ! だから大丈夫だ!」

「あの小僧もああ言ってんだ、早く言いな!」

 鬼が水音の手首を掴んでいる腕に力を入れた。

「痛っ……」

 鬼は焦っているようだった。

 保科が助けに来る前に片付けたいのだろう。

「水緒! 早く言え! 頼む!」

 水緒が目を開けて流の方を見た。

「流ちゃん……」

「早く!」

「ぞく、きゅう」

 鬼に髪を引っ張られているせいで水緒が苦しそうな声で言葉を絞り出した。

 ああは言ったものの、効かない呪いをあそこまで強要するはずがない。

 きっと何かある、と身構える。

 だが何も起きない。

 鬼も流が無事なのを見て怪訝そうな表情を浮かべる。

「もう一回!」

「水緒! はっきり言え! 大丈夫だから!」

「ぞくきゅう」

 その言葉を聞いてハッとした。

 腕に書かれた文字だ!

 流は自分の腕を見下ろした。

 川で魚を獲っているときに袖をまくっていたから、その時に見られたのだろう。

「くそ!」

 鬼は水緒を突き飛ばすと流に飛び掛かってきた。

「伏せて!」

 保科の声に流は伏せた。

 矢が飛んできて鬼の額を貫いた。

「ーーー……!」

 鬼が絶叫を上げて倒れた。

 保科は駆け寄ってくると刀で鬼の首を落とした。

「流様、ご無事でしたか?」

「ああ、助かった」

 そう言ってから倒れている水緒の側へ駆け寄った。

「水緒! 大丈夫か!?」

 倒れている水緒を抱き起こした。

「うん、平気。流ちゃんは?」

「俺は大丈夫だ」

「良かった」

 水緒は安心したように微笑んだ。

 赤く腫れている頬と、切れた唇から流れている血が痛々しい。

「とにかく、帰ろう」

 流は水緒を立たせると保科と共に家に向かった。

「保科、聞きたいことがある」

 流は板の間で保科と向かい合って座っていた。

 水緒は流の後ろで腫れた頬を濡れた手拭いで冷やしている。

「俺の腕に書かれてるこの文字に何か意味があるのか?」

 袖をまくって保科に突き付けた。

「字? どこ?」

 水緒が後ろから覗き込んできた。

「これだよ」

 流は文字を指した。

「字なんて見えないよ」

 え……?

 水緒は見えない振りをしてたんじゃなくて本当に見えてなかったのか?

「それは最可族だけにあり、一族の者にしか見えません」

 そうだったのか……。

「それで? 何なんだよ、これ」

「それは祟名たたりなです」

「たたりな? なんだそれ」

「文字通り、最可族をたたるための名です」

 その昔、最可族と、それを滅ぼしに来た人間達との間で大きな争いが起きた。

 力で劣る人間は呪術を使った。

 呪術師が最可族に呪いを掛けた。

 最可族に祟名を与え、その名を呼ばれると死ぬようにしたのだ。

 その時は誰にでも祟名が見えた。

 祟名は一人一人違い、身体のどこかに表れる。

 最可族は人間に祟名を呼ばれて次々に倒れていった。

 水緒が息を飲んだ。

 きっと流を呪う言葉を口にしてしまったのを気にしているのだろう。

 それに対して最可族の長は命と引き替えに「祟名が見えるのは同じ最可族だけ。その祟名を持つ最可族が大切に思っている相手が唱えなければ死なない」と条件を付け加えた。

 そうしてようやく人間達を退しりぞけたのだ。

「最可族を大事に思っている相手じゃなくて、最可族の方が大切に思っている相手なのか?」

「はい」

 そんな馬鹿な……!

 背後で水緒がますます落ち込んだ気配を感じた。

 水緒は自分が流にとって大事な存在ではないと思ったのだろう。

 だがそれは違う。

 流には水緒より大切な相手はいない。

 しかしそれは口にしなかった。

 そんなことを言ったら保科が水緒に何をするか分からない。

「最可族は他の鬼よりも力が強いのでそう簡単には倒せません」

 一対多ならなんとかなるが、鬼が徒党ととうを組むのは人間の村を襲うような時くらいで、そう言う場合でも人間一人に複数で襲い掛かったりすることはまずないから集団戦は苦手なのだ。

「そのため最可族を殺そうとする者は最可族に取り入って祟名を言うことで殺そうとします」

 だから最可族は親しい者にも祟名を知られないようにしているらしい。

 同じ最可族にはなるべく見せないようにしているし、祟名が見えない者にわざわざ教えたりはしないそうだ。

 流の場合、水緒ですら何も起きなかったのだから他の者が言ったところで効果がないだろうが、今回のように水緒に言わせようとしてくることは十分考えられる。

 どうせ今後も水緒に呼ばれても何も起きないだろうがそれを知らない者は水緒を狙うだろう。

 水緒を危険にさらさないようにするためには祟名を知られないようにした方がいい。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • ひとすじの想い   終章 後編

     流が狙われていた理由が混血ではなかったのと同様、水緒を刺した鬼が狙われていたのも混血自体ではなく可支入族の血を引いているせいだと聞いた。 可支入族の血が一族に入ると災いがもたらされるから命を狙っている者がいると言っていたらしいが、桐崎はそんな話は聞いたことがない。 小川も知らないという。 可支入族の血が災いをもたらすというのはおそらく鬼の間に伝わっている街談巷説――根も葉もない噂話なのだ。 そんな本当かどうかも分からない話を間に受けた最可族の一部の者が可支入族の血を引く娘を狙った。 その鬼の祟名は「身虫」 おそらく「獅子身中の虫」ということだろう。 流が救いの子なら「身虫」は救いを妨げる者だ。 実際「身虫」が水緒を刺さなければ流が願い事をすることもなく、流から最可族の血が消えることもなかった。 流の中の最可族の血が残っていれば、最可族の子孫達は祟名を呼ばれても死ななくなっていたはずだったのである。「身虫」が左無と手を組んだのは最可族に命を狙われていたからだ。 最可族が「身虫」に何もしなければ、最可族の跡目争いに関わることもなく、水緒を殺そうとしたりもしなかっただろう。 卜占の自己成就。 占いを聞いたことで自ら成就させるように振る舞った挙げ句、その通りの事を起こしてしまうというものだ。 占いが当たったという場合、これに当て嵌まることが多い。 悪いことは特にそうだ。 可支入族の血を引く娘に対して行ったのが正にそれである。 流や「身虫」に対して、最可族が何もしなければ長の能力を持った跡継ぎがいなくなることもなかった。 長の能力は寿命と引き替えなのだから願ったら自分も死ぬのだ。 そう簡単には使えない。 最初で最後、一度きりしか使えない能力なのだから得たところで必要になるようなことはまずない。 長になりたいと言うだけの理由で兄弟を手に掛ける者達が一族のために自分の命

  • ひとすじの想い   終章 前編

     桐崎は小川の家に来ていた。 借りていた書物を返すためだ。 流に水緒以外の者とも交流するように勧めたものの、無理そうだとも思った。 記憶を失った時は、水緒への想いもなくなったようなので引き離す良い機会だと思ったが、流はまた以前と同じように水緒に惚れてしまった。 おそらく流は幾度忘れても水緒に惹き寄せられてしまうに違いない。 だが、それだけ想いが強い分、失った時の衝撃は計り知れない。 寿命を全うしたならまだしも、それ以外の理由で水緒が早逝したとき流がどうなるか分からない。 特に水緒が人間に殺されたりした場合、見境なく殺戮を始めるかもしれない。 ただでさえ他の鬼より強い最可族に戦い方を教えてしまったばかりに流の討伐は容易ではなくなった。 それでいざという時の対策を考えるために最可族の本を借りていたのだが……。 水緒と同時に命を落とすと決まっているなら対処法を考える必要もなくなった。 桐崎は流から聞いた話を小川に伝えて書物を返した。「しかし都合良く寿命と引き替えに水緒を助けてくれる神仏が現れるとは。よほど強い想いだったのだろうな」 桐崎が苦笑しながらそう言うと、「都合や想いは関係ないのだ」 小川が答えた。「どういうことだ」 桐崎の問いに小川は最可族の長が死んだと告げた。「元々最可族の長は寿命が尽き掛けていたらしい」 それで息子達の跡目争いが激化したそうだ。「結局、息子達が争いの末に全員死ぬのと時を同じくして長も息を引き取ったらしい。長も跡継ぎもいなくて今かなり混乱しているらしい」「それが流に関係があるのか?」「寺で討伐した鬼が弟を名無と言っていただろう」 小川の言葉に桐崎が頷く。「長の息子は上から惨、旱、難という名だったらしい」 それを聞いた桐崎は息を飲んだ。 この前、流を襲ってきた鬼は

  • ひとすじの想い   第八章 第五話

     全ての最可族が許せない……! 流は無言で抜刀すると左無に向かって走り出した。 駆け寄っていく流に鬼達が襲い掛かってきた。 それを次々に斬り伏せていく。「同時に掛かれ!」 左無が鬼達に命令する。 鬼達が次々と長い爪を振り下ろしてくる。 しかし身体が大きく腕が長いとぶつかってしまうから同時には振り下ろせない。 時間差が出来るから人間の姿で、(鬼に比べれば)小柄な流が腕を掻い潜るのは容易だった。 か弱くて無抵抗の人間しか相手にしたことのない鬼達の振り回す腕は大振りだから普段から戦う訓練をしている流が見切るのは容易い。 流が次々に鬼を斬り伏せて左無に迫った時、何かを叩く高い音と共に、「きゃっ!」 水緒の悲鳴が聞こえてきた。 思わず振り返った流に左無が腕を振り下ろす。 流はそれを躱すと、「水緒!」 左無を無視して水緒の方に駆け出そうとした。 その途端、つねが水緒の首筋に長い爪を突き付けた。 流の足が止まる。「早くあいつの祟名を言いな!」 つねが水緒に怒鳴った。 水緒が首を振る。 真後ろに左無が迫ってきている気配を感じた。 つねが左無の手先なら左無がいなくなれば水緒を放すはずだ。 背後から振り下ろされた左無の爪を横に一歩ずれただけで避けると振り返り様、斬り上げた。 左無が絶叫を挙げて倒れる。「左無! お前が死ねば、あたしらは狙われなくなるはずだったのに、よくも!」 つねが水緒の胸に爪を突き立てた。 水緒が声もなく倒れる。「水緒! 貴様!」 流はつねに駆け寄ると刀を袈裟に斬り下ろした。 つねが断末魔の声を上げて地面に転がる。「水緒! 水緒!」 刀を脇に置いて水緒を抱き起こすと大声で呼び掛けたが返事がない。 水緒の胸が微かに動いているからまだ生きているが

  • ひとすじの想い   第八章 第四話

     流が森の中で栗を拾っていた時だ。「いたぞ!」 男の声が聞こえると同時に母が駆け寄ってきた。「流!」 母が流を抱き締めた。「こんなところに隠れてたとはな」 そう言って姿を現したのが今、目の前に居る鬼――左無だった。 別の鬼が流の袖をまくった。「間違いない! こいつです!」 その言葉に母は流の腕に目を落とす。「そこに字が書いてあるの!?」 と母に聞かれた。 これが見えないのだろうかと思いながら頷くと、母は呻いた。「それで相模が……」 例え血の繋がった親であろうと最可族ではない母には見えなかった。 流は母が知ってると思っていたから言ってなかった。 だから母には流に祟名が付いているかどうか知る術がなかったのだ。「この子を相模の跡継ぎにはしません。ですから……」「お前がそう言ったからと言ってなんになる。親父が力尽くで奪いに来たら抵抗出来ないだろう。成斥族などなんの力もないのだからな」「それは……」「恨むなら親父を恨め」 左無はそう言うと爪を振り上げた。「流、目を閉じて。誰もいなくなるまで絶対に目を開けちゃダメ。死んだ振りを続けなさい。その後は出来る限り遠くに逃げるのよ」 母が流の耳元に早口でそう囁いた。 そして抱き締めている流の身体の位置を僅かに変えた。 その瞬間、流は胸に激痛を感じて気を失った。 母が予め流の身体の位置を少しずらしていたことで、母の心の臓を貫いた爪は流の急所を逸れた。 そのため流は瀕死の重傷を負ったものの死なずに済んだ。 重い何かの下で意識を取り戻して動こうとして母の言葉を思い出した。 そこで耳を澄ませてみたが物音は聞こえなかった。 これなら他に人はいないだろうと判断して〝何か〟の下から這い出してから自分の上に乗ってい

  • ひとすじの想い   第八章 第三話

    「初めて江戸に来た時、雪うさぎを作ったんだよ」 水緒はそう言ってその時のことを話してくれた。 物忘れになった直後は流に近付くなと止められていたが、最近は二人の仲睦まじいところを見ても桐崎は何も言わないから話しても問題なさそうだと判断したらしい。 近付いてはいけないと言われていたから江戸から来てからの話をしていなかっただけらしく、実際にはこの五年間に様々なことがあったようだ。 四六時中、何かしらの催しがあり、毎年それをしていたのだから色々なことがあって当然だ。 そんな大切なことを全て忘れるなんて……。 我ながら情けない。 桐崎は入れ込みすぎていたと言っていたが、今以上に惚れ込んでいたのだとしたら何故忘れたりしたのだろうか。 流は水緒の話に耳を傾けながらなんとか思い出す方法はないかと考えていた。 翌日の夕方、流は水茶屋に向かっていた。「流ってのはあんたかい?」 男が声を掛けてきた。「錦絵の娘からこれを預かってきたんだが」 男はそう言って文を差し出した。「え……?」 これから迎えに行くと言う時に? まさか水緒に何かあったんじゃ……! 流は慌てて文を開いた。 文には、寺で待っている、としか書いてない。 これだけでは水緒からの呼び出しなのか、誰かに捕まって書かされたのか分からない。 いや、脅されたなら水緒は死んでも書かないだろう。 ただ……。 顔見知りに騙されたと言う事はあるかもしれない。 流の為だとか喜ぶなどと言われれば書いてしまうことは有り得る。 どちらにしろ水緒が待っていることに代わりはない。「この寺へはどうやって行けばいい?」 流が文を持ってきた男に訊ねると、「そこなら知ってるから案内するよ」 男はそう言って早足で歩き出した。 寺に近付くにつれ鬼の気配が

  • ひとすじの想い   第八章 第二話

     結界が解かれるのを待って寺に入っていった鬼はやはり保科だったのだ。 可無の死を確認しに行ったのだろう。 確か可無は流が記憶を失う前に倒した鬼を弟の名無だと言っていた。 となると知らなかっただけで跡継ぎ候補の二人を殺したのは流だったという事になる。 だとしても関係ない。 襲ってきたりしなければ殺したりしなかった。 可無は人を喰っていたからだが、どちらにしろ流を始末するつもりだと言っていたからいずれは襲われただろうし、そうなっていれば反撃していた。 いる事すら知らなかった父親の事情など知った事ではない。 鬼の村なら人間に絡まれる事はないだろうから水緒を連れて行けるなら話は別だが、水緒と離れなければならない場所に行く気はない。 水緒が死んだら後を追うと決めたのだ。 まだ生きているうちに離れるつもりは毛頭ない。「相模様が汀様――あなたの母上との間に子をなしたのは一族を呪いから解放するためだったのです」 狩りに出た先で汀と知り合い、成斥族には呪いを解く力があると聞いたらしい。 それで成斥族の血を引く子を一族に迎え入れれば最可族に掛けられた呪いが解けるかもしれないと考えて子供を産ませたらしい。「実際、相模様の読み通り……」 保科は何やら得々として語っていたが流はもう話を聞いていなかった。 呆れたなどというものではない。 流のことを呪いを解くための道具としか思ってないのだ。保科も父も。 呪いが解けるかもしれないからと言う理由だったのなら母が父との間に子をなす事を望んでいたかどうかも怪しい。 鬼なのだから力尽くで母に子供を産ませたと言う事は十分有り得る。 生贄にするために同じ人間を家畜のように増やして売り買いする供部と言う一族も大概だとは思ったが、呪いが解けるかもしれないなどという不確かな理由で子供を作った父も同類だ。 流を跡継ぎにしたいというのも自分の子供だからではなく呪いを解くためなのだから愛情など欠片もないのだ。 兄

  • ひとすじの想い   第一章 第八話

    「水緒はなんで外に出たんだ?」 流は振り返って水緒を見た。「流ちゃんが大変だから来てくれっていう保科さんの声が聞こえたの。それで慌てて外に出たら、あの……」 水緒は「鬼」という言葉を飲み込んだ。 保科から「鬼」は蔑称だと聞いたからだろう。「そうか。もう騙されるなよ」 とは言ったものの水緒のことだから、流か保科の声音で「助けてくれ」と言われたら出てしまうだろう。「江戸へ行ってみませんか?」 いつまでここにいるのか、と言う流の問いに、意外な答えが返ってきた。「江戸? なんで?」「その娘の親戚を捜すのでしょう」 そういえばそうだった。「私の親戚? でも、お母さんは

  • ひとすじの想い   第二章 第五話

    「おばさん、私に家事を教えて下さい。よろしくお願いします」 水緒はお加代に頭を下げた。「はいよ」 流達はお加代が持ってきた桶の水で足を洗って家に入った。「わぁ、猫だぁ!」 水緒は居間で丸くなっていた猫を見付けると嬉しそうに近付いた。 ここまで来る途中の宿場町で何度か猫を見掛けていた。 初めて猫を見た時、水緒は顔を輝かせて近付いていったが逃げられてしまった。 水緒はがっかりしながらも桐崎に「あの動物は?」と訊ねて「猫という生き物だ」と教わった。 流と猫の目が合った。 ただの猫じゃない!「水緒! そいつは……!」「それがしの飼い猫でな、ミケというのだ」 桐崎が流の肩に手

  • ひとすじの想い   第二章 第一話

    「あっ!」 水緒が石に足を取られて躓いて転んだ。「大丈夫か?」 流は水緒の手を掴んで助け起こした。「少し休もう」 道端の岩に座るように水緒を促した。「私のせいで全然進めないね」「気にするな。急いでるわけじゃない」 どうせ行く当てはないのだ。 それに水緒と一緒にいるために保科を追い払ってあの家を出てきたのだ。 水緒がいなければ意味はない。 川沿いの道を進んできたら、いつの間にか大きな道に出た。 更に進むともっと大きな道になった。 それに伴い、すれ違う人も増えてきた。「人がいっぱいいるね」 水緒が流に身体を寄せてくる。 流はずっと山の中で鬼

  • ひとすじの想い   第一章 第六話

     魚を獲って帰る途中、保科と一緒になった。「流様、鍋などを調達して参りました」 保科がむすっとした顔で報告した。「俺が持とうか」「いえ、結構です。それよりあの娘、喰わないならどうするおつもりですか?」「どうって?」 言ってる意味が分からなくて保科を見上げた。「流様はただでさえ狙われてるのに、その上贄の印を付けた供部など連れていたら、自分の居場所を狼煙を上げて教えてるのと同じですよ」「なら尚更一人に出来ないだろ。水緒一人になった途端に襲われるのは目に見えてるじゃないか」 流は自分に言い聞かせるように答えた。「何も流様が守る必要はないでしょう」「水緒は

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status